ラボ駅伝

駒澤大学で行われている研究を、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

学びのタスキをつなぐ 駒澤大学 ラボ駅伝

第32区 総合教育研究部 自然科学部門 仲田 資季 准教授

プラズマの渦と流れの物理と数理

銀河や星の渦と流れ 脳神経のネットワーク SNSのバズり... ぜんぜん違うモノだけど方程式は似たものどうし。

雲がつくり出す美しい形、海や川にできる渦や波、魚や鳥の群れが見せる見事な集団行動、どうして生じるのか不思議に思う人は多いだろう。仲田先生はそうした現象を引き起こす「乱流」のメカニズムを、数式やコンピュータを使って研究している。渦が集まってできる乱流のメカニズムは、宇宙空間を形づくるプラズマや大気の流れ、血液の流れから昆虫や細胞の動きまで、さまざまな現象に繋がっていくという。その理由を詳しく伺ってみよう。

宇宙の99.9%を支配するプラズマという物質宇宙の99.9%を支配する
プラズマという物質

太陽や木星の写真を見たことはありますか?それぞれの表面を見ると、太陽はグツグツと煮えたぎるような乱雑な模様を描いていますし、木星には整然とした縞模様があります。
2つの星の見た目はまったく違いますが、それらを形づくる上で決め手となるのは、「プラズマ」という物質などが織りなす流れや渦のメカニズムです。
そもそも世界のすべては宇宙のはじまりから生まれました。ビッグバンで元素が生まれ、熱いプラズマ状態の物質が冷えながら宇宙に広がる。そして宇宙のさまざまな場所にできた塵の雲やガスが重力によって凝縮されて、再び高温のプラズマ状態の星が生まれ、その周りで集まり固まったのが地球などの惑星です。プラズマは私たちの身近な生活の中ではあまり見かけない特殊な存在ですが、星をはじめとする宇宙に見える物質の99.9%は、じつは未だに高温のプラズマ状態なのです。私の研究は、この世界を取り巻くプラズマの奇妙な特性や複雑な流れや渦の動きを数式で表現したり、コンピュータ?シミュレーションなどを使ったりして解き明かすことです。

太陽と木星の表面の状態で
渦と流れを解説する仲田先生

プラズマとはいったい何でしょうか。たとえば水は、0℃以下では氷という固体になります。そこから徐々に温度を上げていくと分子の結びつきが緩んで液体となり、約100℃で水蒸気となって分子はバラバラになり自由に動き出します。では、さらに温度を上げるとどうなるでしょう。やがて分子の結合がほどけて原子の集団となり、そしてさらに温度を上げて約1万℃を超えると、原子を形づくっている原子核(イオン)と電子さえもバラバラに飛び交う、高温のガス状物質になります。それがプラズマです。プラズマは固体、液体、気体に次ぐ第4の物質状態としてしばしば教科書で紹介されますが、宇宙の歴史から見れば、100億年輝く星々の材料として最も普遍的な第0の物質状態と言えます。

人工的なプラズマは私たちの生活でも使われています。たとえば蛍光灯は真空に近いガラス管に電気を流し、プラズマ状態にして光を取り出します。管内のガス分子は非常に少なく希薄なので、1万℃のプラズマになってもガラスは溶けません。100℃のお湯には熱くて入れないけれど、100℃のサウナなら気持ちよく整うのと同じような話です。また、雷やオーロラは天然のプラズマの一例です。
もし地球で人工の星「人工恒星」を創り出すことができれば、その光やエネルギーを活用することができるでしょう。太陽は強い重力によってプラズマを閉じ込めていますが、地球上では人類はまだ重力を自在にコントロールすることはできません。そこで、磁場の力でプラズマを閉じ込めて、太陽を輝かせている仕組みである核融合反応を起こして利用しようというのが核融合エネルギーです。人工恒星の実験装置では、希薄な水素のガスを加熱していき、太陽の中心よりも熱い1億℃近い高温のプラズマをドーナツ形状(トーラスと呼ぶ)の磁場で閉じ込めることで、さまざまな性質を調べる研究が進んでいます。

1億℃のプラズマを閉じ込めるドーナツ形状の
磁場(磁力線)とその内部で発生する渦と流れ

人智のおよばない自然の法則に惹かれロボット工学から物理学の世界へ人智のおよばない
自然の法則に惹かれ
ロボット工学から物理学の世界へ

同じ天体なのに太陽と木星の見た目は、なぜあんなに違うのか。その原因はプラズマの性質と強く結びついた「乱流」という現象にあります。
乱流とは、瀬戸内海の鳴門の渦潮のように渦がたくさん集まったものです。ひとつの渦が隣の動きを邪魔したり、複数の渦が統合や分裂を繰り返したりといった集団特有の動きが、「混沌」と「秩序」という2つの局面を生み出します。太陽はまさにプラズマの渦が混沌と乱れて運動している状態、そして木星の縞模様は渦の運動が一方向に揃った状態です。どのような条件やメカニズムによって、こうした複雑な「乱流」の行き着く状態が分岐するのか?これを理論的に解き明かすのが私の研究です。

私が乱流に興味を持ったのは、大学に入る前のころでした。小さいころはロボットに興味があり、中学卒業後は高等専門学校に進み、システム制御工学を学びました。ロボットは機械や電気のほかに、プログラミングや情報処理などいろいろな分野を統合した研究です。ちょうど、本田技研工業株式会社が二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」を発表したころで、私もロボットをいかに人間に近づけるかに興味がありました。自分たちが普段何気なく行っている高度な人間の運動機能を実現させるために、ロボットの動きや制御をどんどん高度化させていくのです。
でも、あるとき"人間が設定した目標"というのが、当時の自分には何だかちっぽけに思えたんです。自然や宇宙のように人智のおよばない現象、そんな目標に挑戦してみたくなった。そこから、次第にサイエンスに興味が移っていきました。

渦や流れや波にまつわる絵画や
天体などのグッズを収集しているとのこと

宇宙や自然の法則を知りたくて、大学では物理を学ぶことにしました。多くの人があこがれる宇宙や素粒子の物理学にも強い興味がありましたが、自分の能力では到底太刀打ちできないだろうなと感じ、そこからさらに物理学の難問を調べるうちに「乱流」という運命のテーマに出会いました。リチャード?P?ファインマンという量子力学の基礎を築いた天才理論物理学者も「乱流は古典物理学の最も重要な未解決問題だ」と言い残したと聞いて、その分野に挑戦してみようと思ったのです。乱流は星のエネルギーから大気の流れ、生物の血流、さらには素粒子の集団にまでいろいろな現象に関わりますが、せっかくだから一番難しそうなものに挑戦しようと考えて、プラズマの乱流を研究テーマに選びました。そこからはもう乱流にハマりっぱなしで、とりわけ渦や流れの動きの美しさに魅了されています。こんなにも複雑で美しい運動が数学の方程式で記述されていることにも感動を覚えます。かつてレオナルド?ダ?ヴィンチが描いた水路の渦のスケッチなども有名ですが、渦や流れ、波にまつわる絵やグッズを見つけると私もついつい収集してしまいます。

方程式とコンピュータ実験で乱流の複雑な動きを調べつくす方程式とコンピュータ実験で
乱流の複雑な動きを調べつくす

水族館の魚の群れを見ていると、各々の魚の個別的な泳ぎに加えて、たくさんの魚が突然、大きな塊となって一方向に泳ぎ出すことがあります。プラズマの乱流の動きはそれとよく似ています。すなわち、渦や波が同調し、より大きな流れや秩序を生み出す現象です。
そうした乱流のメカニズムを、シンプルに表した面白い実験もあります。"集まった渦"をメトロノームの振動リズムに見立てて、たくさんのメトロノームの動きをシンクロさせる実験です。お互いの動きが伝わらないように固定した台に置かれたメトロノームは、いつまでもバラバラに振動し続けます。でも、動く台に載せたメトロノームは互いに共振を始め、バラバラだった動きはやがてすべてシンクロして、振動リズムがピタッと揃います。なんだか機械仕掛けのような印象ですが、このように集団で動きをシンクロさせる現象は、私達の心臓の鼓動を生み出し、脳の情報伝達を担う神経細胞などにも見られる現象です。

メトロノームのシンクロ実験
動画はこちら

実際の乱流はもっと複雑です。乱流現象は「非線形性」といって数学的にとても難しい性質を持っており、微分や積分が入り混じった方程式で表される3次元の動きです。おまけにプラズマの乱流は、渦に加えて磁場も強く影響するためさらに複雑で、その現象を記述する5次元あるいは6次元の方程式はスーパーコンピュータを使わなければ解くことができないほどです。

たとえば、プラズマを閉じ込めている磁場の曲がりやねじれが乱流にどんな影響を及ぼすかといったことは、コンピュータ?シミュレーションで実験します。調べてみたい磁場の形状を数学的に表現した上でコンピュータ上に設計し、さまざまな条件の下で方程式を解くんです。その結果から、人工恒星に最適な磁場の形を考えたり、核融合エネルギーの出力を効率化する条件などを分析したりします。どんな磁場の形のときにどんな乱流が現れるのか、そして、そのとき渦がどのように熱や物質を運ぶのか。それが明らかになってくるのがワクワクするところです。また、大量のデータの中に潜んでいる規則性を表現する方程式をつくったりすることもあります。

研究を始めたころからずっと、磁場とプラズマの渦がどのように影響を与えあって乱れや秩序の分岐を決めるのかというメカニズムに興味を持っています。太陽や実験室で観測されるプラズマの現象はシミュレーションで多くの研究が行われていますが、そのメカニズムを解き明かすには数学的な手法での研究も重要になります。最近は、渦と磁場に加えて「重力場」や「時空の歪み」といった、宇宙を構成する重要な要素も取り入れながら、乱流に関わるさまざまな現象の基礎的なメカニズムを解明できればと考えています。

スーパーコンピュータで5次元の運動方程式を解くことによって可視化された、トーラス磁場に閉じ込められたプラズマの乱流

※プラズマの乱流についてさらに深く知りたい方は、仲田先生の以下のwebサイトをご参照ください。
https://sites.google.com/komazawa-u.ac.jp/nakatamo

カブトムシの泳ぎ方を乱流の解析手法で解き明かす?カブトムシの泳ぎ方を
乱流の解析手法で解き明かす?

一方で、乱流のメカニズムを表す難解な方程式を、コンピュータ実験のデータも活用しながらもっと簡単な数式に置き換える研究もしています。細かい部分を省いて大事な現象だけを"ざっくり"と再現できる数式に変換するのです。"ざっくり"と言うとずいぶんといい加減な話に聞こえるかもしれませんが、じつはこの"ざっくり"が重要でとても面白いんですよ。数式をシンプルにすると、計算の処理時間を短くするといった実用的なメリットもありますが、方程式を簡素化することで抽象的な現象として考えることができます。現象の本質の部分がぎゅっと詰まった数式は、いろいろな共通性を見せてくれます。「プラズマ」と「魚の群れ」と「メトロノーム」はまったく違うモノですが、それらの動きを"ざっくり"と表した数式を部分的に切り出して見ると、よく似ていることがあるんです。また方程式だけでは気づかなかったことも、グラフなどに可視化することでデータの傾向にパターンや普遍性が見えてきたりもします。

たとえば、いま取り組んでいるのが、カブトムシの泳ぎ方。正確には陸生昆虫が水に落ちたときの動きの変化、生物ロコモーションの数理解析やデータ科学についての研究です。急な階段を上るときと緩やかな坂を上るとき、平坦な道を進むときでは、私たちは歩き方が変わりますよね。カブトムシも同じで、陸や木の上にいるのが通常なんですが、なにかの拍子に突然水に落ちると、普段の歩行の動きとはまったく違う動きをするんです。まるで泳いでいるかのように。それを分析するためにプラズマの乱流の解析手法が使えないかということで、進化生物学や動物行動学の研究者らと愉しく共同研究をしています。

研究室で繁殖させた"生まれて一度も泳いだ経験のない"カブトムシを水に浮かべて、その動きをハイスピードカメラで記録し、その膨大な画像データに対して数学的な解析を施していきます。そこから水中のカブトムシの動きは進化として獲得したものか、それ以外の要因があるのかを解明しようというわけです。あるいはゲンゴロウのような水生昆虫の動きの解析結果があれば、カブトムシの数式と比較してどちらが泳ぐのに効率的かといったことも科学的に証明できます。

ハイスピードカメラで撮影したカブトムシの游泳行動

世界のかたちはどう決まるのか 心はどうやって生まれるのか 乱流のメカニズムで考えてみたい世界のかたちはどう決まるのか
心はどうやって生まれるのか
乱流のメカニズムで考えてみたい

乱流のなかで起こる複雑な動きは、星の形成や空気や水の流れ、血流や細胞といった生命現象、人の集団などが生み出す社会現象まで、さまざまな動きの中に見ることができます。宇宙レベルのマクロな現象と原子核レベルのミクロな現象だって、乱れや揺らぎが関わる集団現象を通してじつはよく似ていたりするのです。そして、そのまったく違うモノどうしを数式が繋いでくれるわけです。
たとえば、イギリスの天才数学者のアラン?チューリングが1952年に提唱した数式は、シマウマやヒョウの美しい体表の模様と、互いに影響を及ぼし合う2つの化学物質の濃度変化が生み出す波紋とを繋げています。後に日本の生命科学者の実験によってそれが証明されましたが、それと同様に、一見違うモノどうしの複雑な状態のなかに潜む法則性やパターンを方程式から見出していけるはずです。
さらに言うと、SNSで好き勝手なことを言い合っている状態が、インフルエンサーの発言で一気に収束していったり、小さなつぶやきがあっという間にバズったりすることがありますよね。こうしたネットワーク上で連鎖的に情報が伝達されるメカニズムも、じつは乱流の現象が持つ性質と似たところがあったりします。いろいろな現象を乱流の物理や数理の文脈で語っていきたいですね。

乱流の字にあるように「乱れ」という言葉は、整然としたイメージと対比して、何となく良くないイメージを持たれがちです。だけど、宇宙だって生命だって、乱れや揺らぎがあったからこそ生まれたのです。そして乱れや揺らぎが集まることで、そこに不思議で新しい性質や構造ができ上がる。この世界がこうして今の"かたち"で成り立っているのは、ある意味、乱流のおかげと言っても過言ではないでしょう。さらに、人間の知能や意識だって、小さな神経細胞の集まりから生まれているはずですが、そのメカニズムは完全にはわかっていません。物質の集まりからどうやって心が生まれるのか。これは物理学を含む現代科学が挑むべき究極の問題と言えますが、そのメカニズムの一端をプラズマの乱流の物理と数理の研究から解き明かすことができれば、これほどエキサイティングなことはないでしょう。

仲田 資季 准教授

Profile

仲田 資季准教授
2006年3月京都大学工学部物理工学科卒業。2011年3月総合研究大学院大学物理科学研究科 核融合科学専攻博士課程修了。博士(理学)。日本原子力研究開発機構 プラズマ理論シミュレーショングループ任期付研究員、自然科学研究機構 核融合科学研究所准教授などを経て2024年4月より駒澤大学総合教育研究部自然科学部門准教授。専門は理論物理学。とくにプラズマなどの乱流現象について、自然?生物?社会の幅広い現象との類似性も視野に入れた数理解析やシミュレーションで研究を続けている。

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