平成30年度 入学式 総長祝辞

Date:2018.04.12
駒澤大学総長
入学式会場

本日ここに平成30年度駒澤大学入学式にあたり、晴れて本学に入学を許可された皆さん、ご入学おめでとうございます。併せてご列席のご親族の皆々さまに対し、ご来賓の関係各位と共に、教職員一同心からご子女のご入学をお祝い申し上げます。

ご案内の通り、駒澤大学は仏教の教え、なかんづく曹洞宗立宗の精神を建学の理念として開学してから本年で136年を数える輝かしい伝統のある大学です。さらに淵源をたどれば426年前、江戸駿河台にあった名刹吉祥寺に設置された旃檀林学寮に始まります。校歌の中で旃檀林旃檀林とリフレインされる由来です。「旃檀は双葉より香んばし」という旃檀の林には雑木は1本も生えず、そこに住むのは百獣の王の獅子だけだという意味です。本学で学ぶことになった皆さんは、これほどの凛とした気概を持ってそれぞれの専攻課程の学問を存分に修得されますよう念願します。

紀元前5世紀、仏教を開いた釈尊は、青年時代に、自分は何のためにこの世に生まれたのか、この世の人生を何(ど)う生きたらいいのか、深く思い悩まれ、坐禅を行じ抜き、人生の大事はいのちのリアリティーに目覚めること、すなわち智慧と慈悲の心をそなえた人間に成ることだとさとられたのでした。

本学の建学の理念は「行学一如」と表現しますが、この句の意味は、釈尊の智慧に学び、釈尊の慈悲を行じ続けることが、人生一番の大事であるというほどの意味です。

永平寺のご開山道元禅師は、生涯釈尊の坐禅の教えを讃仰されましたが、この辺の消息を『正法眼蔵』「現成公案」(しょうぼうげんぞう げんじょうこうあん)の巻で簡明にこう述べておられます。「仏道をならうというは自己をならうなり、自己をならうというは自己をわするるなり、自己をわするるというは万法に証せらるるなり、万法に証せらるるというは自己の身心、他己の身心をして脱落せしむるなり」と明言されます。坐禅の中でいのちのリアリティーがあるがままに露わになると、自分と他人を固く隔てていた壁は崩れ落ち、あらゆるものと縁起し、呼び応(か)わしている本来の己れの姿が明らかになるというのです。やがては山川草木(さんせんそうもく)も、卵や母胎や湿気やイメージなどから産み出されたあらゆる生命体が、かけがえのない一回性のいのちとして現象し、一期一会の出会いであることに気づかされるというのです。このようないのちのリアリティー(すなわちダンマ)に目覚めた時、この世のありとしてある、はかなくもろいいのちが我がこととしていとおしめ、自分のことは後回しにしても人の為に行動できるようになるはずだと考えます。

現代社会の殺伐とした空気は、自分の利益のためなら人はどうなっても構わない、お金になるなら人命を損なうことになっても仕方がないといった風で、人間性の劣化は目に余るものがあります。いうまでもなく誰も置き去りにしてはならない道理でしょう。

本日入学された皆さんは、是非にも本学の建学の理念に照らし、深くいのちの原点に想いを巡らし、めいめいが信ずるに足る、誠を尽くせる人生、敬うべき、愛すべき人生とは何か、問い続け、本当の学問、本物の教養を身につけていただきたいと願うものです。

恵まれた本学の教育環境の中で、専攻学科の最新の学問技能を修得されることは勿論、皆さんがそれぞれに味わい深い人格を陶冶され、実り豊かなキャンパスライフを送ってくださるよう願い、身心堅固で無事に学業を成就されますよう心から念願し、一言祝辞といたします。

平成30年4月9日
学校法人駒澤大学 総長 池田 魯參